東京高等裁判所 昭和33年(う)1869号 判決 1958年12月25日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
原審及び当審の訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事大平要提出にかかる東京地方検察庁検事正代理検事岡崎格作成名義の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は、弁護人伊藤五郎、同大内田栄共同作成名義の控訴理由に対する答弁書と題する書面記載のとおりであるから、これらをここに引用し、次のとおり判断する。
原判決が検察官の所論摘録のような公訴事実に関し、被告人の経歴及び本件犯行にに至るまでの経過について詳細に敷衍したほか右公訴事実と同様の事実を認定判示して被告人を懲役三年に処し、四年間右刑の執行を猶予する旨の言渡をしていることは、同所論のとおりであつて、これに対して同所論は、右原判決の刑の量定は、著しく軽きに失して不当である旨を主張する。よつて記録並びに原審で取り調べた証拠物を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、これらに現われた本件犯罪の性質、犯行の動機、態様、被告人及び被害者の各年齢、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、並びに本件の社会的影響等量刑上考慮すべき一切の事情を総合勘案するに、原判決が被告人に対し、刑の執行を猶予すべき理由として挙げているところは、一応これを首肯し得られるかのようであるけれども、検察官所論の諸点もまた十分考慮せらるべきであつて、特に、被害者長沢弘子にも責められるべき事情があつたとしても、客観的にみてこれを殺さなければならない程の非行その他の事情があつたものとは認められないのであるから、かかる被害者に対し、積極的な殺意をもつて、白昼公然と行われた被告人の本件残虐行為については、人命尊重の重大性にかんがみるときは、これを過少評価することは許されないものといわなければならない。また、被告人が、本件犯行後深く悔悟し、被害者の冥福を祈つていること、及び被告人並びにその家族らが、被害者の遺族に対し、慰藉の途を講じつつあること等の事実が認められない訳ではないけれども、ここで考えなければならないことは、たとえ、どのように死者の冥福を祈念し、遺族の人達を慰藉しようとも、ひと度殺害された者は、永久に生きかえらないということであつて、ここに人命尊重の重大性が存するのである。もし、被告人にして真実に悔悟し、被害者の冥福を祈ろうとする誠意があるものならば、実刑に処されたためにこれができなくなるという道理はない訳である。以上の諸点と本件の社会的影響とを考慮するときは、被告人の本件所為に対しては、被告人の個人的情状を十分しん酌してみても、なお、刑の執行を猶予することは、相当でないと考えられるので、これと趣を異にする原判決の量刑は、軽きに失して妥当でないものというべく、原判決は、この点において到底破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条に則り、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書を適用して、当裁判所において、更に次のとおり自ら判決する。
原判決が被告人に対して確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法第一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人は、原判決認定のとおり本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものであるから、同法第三九条第二項、第六八条第三号により、法定の減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、原審及び当審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部これを被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 鈴木良一)